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東京地方裁判所 平成11年(ワ)15434号 判決

原告

鎌田幸子

右訴訟代理人弁護士

古田典子

被告

株式会社三一書房

右代表者代表取締役

鈴木武彦

右訴訟代理人弁護士

阿部能章

主文

一  被告は、原告に対し、金二六〇一万五七三四円及びこれに対する平成一一年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被告に対して退職届を提出した原告が、退職金の支払いを求めたのに対し、被告がこれを争った事案である。

一  前提事実

争いがない事実及び括弧内記載の証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

1  被告は、書籍出版等を業とする株式会社であり、昭和二四年に設立された。

2  原告は、昭和四一年四月、アルバイトとして被告に入社し、昭和四六年四月一日、正社員となり、宣伝部に配属されたが、昭和四八年、総務部に配属され、以後、総務及び経理業務を担当した。

3  原告は、被告の代表取締役(当時)である畠山滋に対し、平成一〇年七月二二日、同年八月三一日付けで退職する旨の退職届を提出した。

4  被告の労働協約、就業規則及び退職金規定(書証略)は、次のとおり定めている。

(一) 労働協約

三〇条 会社は組合員の退職または解雇にさいしては、退職金規定により退職金を支払う。

三一条 退職金に関する規定は別に定める。

(二) 就業規則

三一条 退職金に関する規定は労働協約で定める。

三六条 従業員が会社の名誉を傷つけまたは経済上の損害を与えた場合などは、譴責、減給、懲戒解雇の処分をすることができる。

三七条 この罰則の適用については組合と協議のうえ行う。

(三) 退職金規定

一条 労働協約第三一条により、会社は社員の退職または解雇にさいして、この規定により、退職金を支給する。

二条 社員が次の各号に該当するとき会社は退職金を支給する。

1 組合および会社の承認を得て退職する時(略)

三条 退職金の計算基準は在職一年につき給与(税込)一カ月とし、その勤続年数に応じ次の支給率に従って計算される。(略)

6 (勤務年数)二〇年以上

支給率は、最初の五年間は一〇〇パーセント、次の五年間は一三〇パーセント、その次の五年間は一七〇パーセント、又次の五年間は二〇〇パーセント、それ以上は二八〇パーセントとする。

四条 就業規則第三六条による懲戒解雇の場合は退職金を支給されないことがある。

六条 第三条の勤務年数については、月までを計算に入れ、端数日数は一カ月とする。

七条 退職金は退職後二週間以内に本人に対して一括支給する。ただし、やむを得ない場合に限り、労使協議の上分割支給することがある。(略)

5  右4の規定によれば、原告が平成一一年八月末日に退職した場合、原告の退職時の基本給が月五六万〇五一〇円であるから(書証略)、退職金の額は、別紙退職金計算書のとおり、二九〇一万五七三四円と算定される(書証略)。

二  当事者の主張の骨子

1  原告の主張

(一) 原告は、被告の代表取締役(当時)であった白田山滋(以下「畠山」という)に対し、平成一〇年七月二二日、同年八月三一日付けの退職届を提出し、受理された。

そして、被告の労働組合は、原告の退職を承認しており、被告も、同月二八日、原告の退職を承認し、退職金の支払いにつき今後協議する旨回答した。

しかも、被告は、原告に対し、同年九月一六日、退職金の内金三〇〇万円を支払っており、また、同月二八日ないし三〇日の間、退職金について、同年一〇月に一五〇万円、同年一一月及び一二月に各二〇〇万円を支払うこととし、残額については同年一二月以降に協議する旨告げている。

原告の退職金の額は、前記前提事実5のとおり、二九〇一万五七三四円である。

したがって、被告は、原告に対し、退職金残額二六〇一万五七三四円を支払う義務がある。

(二) 被告は、経理書類の引渡しを命じた職務命令に従わなかったことを理由に、同年一二月一〇日付けで、原告を懲戒解雇にする旨主張し、さらに、平成一一年一〇月二五日、本件訴訟の口頭弁論期日において、懲戒解雇をした。

しかしながら、原告が、被告に対し、経理書類の引渡しを拒絶した事実はないから、懲戒解雇事由は存しない。さらに、原告は、平成一〇年一二月一〇日付けの懲戒解雇の意思表示を受けていない上、懲戒解雇の要件となる就業規則三七条所定の労働組合との協議も経ていない。

したがって、懲戒解雇に関する被告の右主張は失当である。

(三) 被告は、退職金請求が権利濫用である旨主張するが、失当である。

2  被告の主張

(一) 畠山は、平成一〇年七月二二日、原告から退職届を受け取っているが、これは、退職届を預かったにすぎず、受理したものではない。

また、被告は、原告の退職を承認していない。原告に対する退職の承認は、原告にする平成一一年八月二六日及び同月二七日付けの各職務命令の履行を条件とするものであったが、原告は右職務命令を履行していない。

したがって、原告の退職金請求権は発生していない。

(二) 被告は、原告に対し、同年九月一六日に退職金として三〇〇万円を支払っていない。右三〇〇万円の支払いは、総務部に所属し、労働組合の執行委員長であった古屋文人(以下「古屋」という)が行ったものである。

また、被告は、原告に対する金員支払いを申し出たことはあるが、これは、労働組合との団体交渉が頻繁に続き、会社再建の手続をすることができなかったことから、この事態を収束するために一時金の支払いを申し出たものであり、退職金に関するものではない。

したがって、これらの事実をもって、原告の退職金請求権が発生したということはできない。

(三) 被告は、原告に対し、平成一〇年八月二六日及び同月二七日付け各職務命令において、経理書類の引渡しを命じたにもにもかかわらず、原告はこれを拒否した。

そこで、被告は、原告に対し、右職務命令違反を理由として、平成一〇年一二月一〇日付けで懲戒免職とし、さらに、平成一一年一〇月二五日、本件訴訟の口頭弁論期日において、懲戒免職の意思表示をした。

したがって、原告の退職金請求権は発生していない。

(四) 原告の退職金請求は、権利濫用に当たるものである。

すなわち、畠山は、被告に対し、平成一〇年八月四日の取締役会において、会社整理案を提出したが、右会社整理案は、古屋らが、原告を含む従業員の退職金の資金を確保するとともに、被告の経営を悪化させ、経営陣を辞任させるという不当な目的に基づき作成したものであり、原告の退職金請求も、右目的の一環となるものである。

また、原告は、被告に対し、前記(三)の職務命令に反して、保管していた経理書類を被告に提出しなかったばかりか、会社外に隠匿しており、そのため、被告の経理調査に重大な支障が生じた。

これらの原告の行為は、長年の勤続の功を抹殺してしまうほどの重大な背信行為である。

したがって、原告の退職金請求は、権利濫用として、許されないものである。

三  争点

1  退職の有無

2  原告の退職に対する被告の承認の有無

3  原告に対する懲戒解雇の成否

4  権利濫用の有無

第三当裁判所の判断

一  事実関係

前記前提事実、括弧内記載の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和四一年四月、被告にアルバイトとして入社した後、昭和四六年四月一日、正社員となった。当初は宣伝部に配属されたが、昭和四八年、総務部に配属され、以後、総務及び経理業務を担当した。

平成一〇年七月当時、総務部には原告と古屋が所属していた(原告本人)。

2  原告は、被告の代表取締役(当時)であった畠山に対し、平成一〇年七月二二日、同年八月三一日付けで退職する旨の退職届を提出した。これに対し、畠山は、「分かりました。とうとう辞めますか」と言って、退職届を受け取った。

その後、原告は、被告の労働組合に対し、退職届を提出した旨述べた(原告本人)。

3  原告は、被告の常務取締役であった鈴木武彦(以下「鈴木」という)に対し、同年八月下旬ころ、退職金の一部を支払うよう申し出た。これに対し、鈴木は、同年九月一六日の給料日に退職金の内三〇〇万円を支払うと約束した(原告本人)。

4  被告は、同年八月二〇日、取締役会において、再建調査緊急委員会を設立する旨決議し、同月二一日、臨時株主総会において、右委員会の設立につき同意を得た。右委員会の調査目的は、経営悪化を招いた原因の究明、再建のための具体的計画の策定等とされ、調査期間は一か月とされた。

そして、被告は、労働組合に対し、同月二四日付けの文書(書証略)で、右委員会の調査に協力するよう要請した。

5  被告は、同月二五日、取締役会において、〈1〉畠山の代表取締役社長としての一切の執行権を停止する、〈2〉鈴木が一切の社長業務を代理執行する、〈3〉総務部長は制作部長である鈴木が兼任する旨決議し、その旨社員らに通知した(書証略)。

6  労働組合は、被告に対し、同月二六日付けの文書(書証略)で、原告の退職を承認したので、原告に対して労働協約の規定に基づき二週間以内に退職金全額を支払うよう要求するとともに、同月二八日三時から団体交渉を開くよう申し入れた。

7  被告は、原告及び古屋に対し、同月二六日付け及び二七日付けの各職務命令書(書証略)により、経理書類(法人税確定申告書、総勘定元帳等の経理帳簿及び原始徴憑類等)を引渡すよう求めた。

そして、鈴木並びに被告の顧問である青木弁護士及び滝島税理士は、原告及び古屋に対し、同月二七日、経理書類を引渡すよう求めた。

これに対し、原告及び古屋は、「経理書類は、経理の部屋のロッカーに全部存するが、中小企業金融公庫から制度融資を受けるために、資金繰表等の資料を作成する必要があるので、経理書類を全部引渡すことはできない」旨回答した。

すると、鈴木は、「経理書類が経理の部屋にあるのであれば、それでよい」旨述べ、また、青木弁護士らは、「大変な時期だから、融資を受けるための資料づくりに専念した方がよい。今後は、滝島税理士から指示された経理書類について提出してほしい」旨述べた。

その後、原告及び古屋は、滝島税理士に対し、指示された経理書類を提出した(原告本人)。

8  被告は、労働組合に対し、同月二八日付けの文書(書証略)で、「以下の理由によって、同日の貴組合の団体交渉の申入れを拒否します」とした上で、「原告の退職は取締役会もこれを承認する。退職金の支払いについては、本人と協議した上で、組合と協議することを約束する」旨述べた。

9  原告は、退職届の日付である同年八月末日の後も、同年一〇月九日ころまで、引継業務をするためにアルバイトとして引き続き勤務した(原告本人)。

10  被告は、原告に対し、同年九月一六日、退職金として三〇〇万円を支払った。

原告は、鈴木に対し、同年九月末ころ、退職金残額の支払いについて尋ねたところ、鈴木は、「同年一〇月に一五〇万円、同年一一月及び一二月に各二〇〇万円を支払う、残りの支払いについてはその後協議する」旨述べた。

そして、原告は、鈴木に対し、同年一〇月九日ころ、同月一六日に退職金一五〇万円が振込まれるかどうかを確認したところ、鈴木社長は大丈夫だと答えた(原告本人)。

11  被告は、原告に対し、同月一六日、退職金の支払いをしなかった。

そこで、原告は、鈴木社長に対し、同年一一月一〇日ころ、書面で、退職金の支払いを求めた(原告本人)。

これに対し、被告は、同月二五日付けの内容証明郵便(書証略)で、退職金の支払いを根本的に再検討することにした旨述べて、その理由として次のとおり述べた。

〈1〉 原告及び古屋が、経理書類を会社外に隠匿し、その所在等に関する報告書を提出していないこと

〈2〉 被告が、原告の在職中の行為により損害を受けており、原告に対して何らかの請求をする可能性が大きいこと

〈3〉 原告に対し、同年一二月一〇日までに、右〈1〉の報告書を提出するよう強く要求し、これに応じなければ、原告に対し法的手段により責任を追及する予定であること

〈4〉 原告の今後の対応次第では、原告に対し、退職金の支払い対象とはならない「懲戒解雇」扱いにすることも十分あり得ること

12  原告は、被告に対し、同年一二月八日付けの内容証明郵便(書証略)で、被告の右11の内容証明郵便について、原告が被告のいうような行為に関与しておらず、退職金支払契約を取り消すような被告の言い分は納得できない旨述べた。

13  被告の代理人弁護士(当時)は、古屋に対し、平成一二年一月一九日、労働組合と被告との間の不当労働行為救済申立事件(東地労平成一一年(不)第六七号事件)の審問期日において、原告の退職金について、〈1〉平成一〇年八月末、同年九月に三〇〇万円を支払う旨約束され、実際に右金員が支払われたこと、〈2〉同年九月末、同年一〇月に一五〇万円、同年一一月に二〇〇万を支払う旨約束されたことを、それぞれ確認する旨の尋問をし、古屋は、右事実を認めるとの証言をした(証拠略)。

14  著書「三一書房にみる日本の黒い霧」(船瀬俊介及び水澤渓編著。平成一二年三月二〇日発行)(書証略)には、被告の平成一〇年八月以降における状況、右編著者及び林順治専務取締役外四名による座談会(議題「三一書房事件の深層」)の内容が記載されている。なお、編著者の船瀬俊介は、平成一一年三月七日に被告の取締役に就任している(弁論の全趣旨)。

右著書には、〈1〉鈴木が、労働組合から、平成一〇年八月二八日、原告の退職金等につき団体交渉を求められたのに対し、「退職金規定七条のやむを得ない場合に当たるから、分割支給しかできない。本人と協議の上組合側と協議する」旨回答したこと、〈2〉鈴木が、原告に対し、そのころ、原告の退職金について、「社長の責任で三〇〇万円を支払い、後は臨時総会後に、新経営陣に善処するよう申し送る」旨回答したこと、〈3〉被告が、原告との間で、同年一〇月初旬ころ、原告の退職金につき話し合った結果、同年一〇月に一五〇万円、同年一一月及び一二月に各二〇〇万円を支払い、平成一二年一月以降は資金繰り状況をみて支払う旨約束したことが記載されている。

15  被告は、原告に対し、平成一一年一〇月二五日、本件訴訟の口頭弁論期日において、原告が前記7の職務命令に違反したことを理由として、予備的に懲戒解雇する旨の意思表示をした。

二  原告の退職の有無(争点1)

前記一の認定事実によれば、原告が、被告の代表取締役(当時)であった畠山に対し、平成一〇年七月二二日、同年八月末日付けで退職する旨の退職届を提出し、これに対し、畠山が原告の退職を了承したこと、被告の労働組合が、同月二六日、原告の退職を承認するとともに、被告に対して退職金の支払いを要求したこと、被告が、労働組合に対し、同月二八日、原告の退職を承認し、退職金の支払いについては今後協議する旨述べたこと、被告が、原告に対し、同年九月一六日、退職金の内金三〇〇万円を支払ったこと、被告が、原告に対し、同月末ころ、退職金の支払方法について、同年末までの支払金額を通知するとともに、残額の支払いにつき今後協議する旨述べたことが認められる。

右事実によれば、原告は、右退職届に記載された同年八月末日をもって、被告を合意退職したものというべきである。

被告は、原告の退職届を預かったにすぎず、受理していない旨主張する。しかしながら、被告が原告の退職を留保したことを認めるに足りる証拠はなく、前記認定事実に照らすと、被告の右主張は採用することができない。

三  被告による退職承認の有無(争点2)

被告が、平成一〇年八月二八日、原告の退職を承認し、退職金の支払いについては今後協議する旨述べたことは、前記一8のとおりであり、これと前記二の事実を総合すると、被告は、同日、原告の退職を承認したものというべきである。

被告は、原告が被告の職務命令に従うことが退職の承認の条件としていたが、右職務命令が履行されなかったから、原告の退職を承認していない旨主張する。しかしながら、仮に被告が退職の承認につき右のような条件を付したが、右条件が履行されていないのであれば、被告が、同月二八日、右条件を付さずに「原告の退職を承認する。退職金の支払いについては今後協議する」旨文書で述べることは不合理である。しかも、仮に、被告が原告の退職を承認していないのであれば、退職金規定上退職金の支払義務を負わないのであるから、前記二のとおり、被告が、原告に対し、その後に退職金の一部を支払い、残額の支払内容について通知することは到底考えられない。したがって、被告の右主張は採用することができない。

四  懲戒解雇の成否(争点3)

被告は、原告に対し、前記職務命令に違反したことを理由として、平成一〇年一二月一〇日付けで懲戒解雇にした旨主張し、また、平成一一年一〇月二五日、本件訴訟の口頭弁論期日において懲戒解雇にする旨の意思表示をしている。

しかしながら、被告が、原告に対し、平成一〇年一一月二五日付けの通知書で、同年一二月一〇日までに経理書類の所在等に関する報告書を提出するよう要求し、右要求に応じなければ懲戒解雇をすることもあり得る旨述べたことは、前記一11のとおりであるが、右事実をもって、被告が原告に対して同年一二月一〇日付けで懲戒解雇の意思表示をした事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、平成一〇年一二月一〇日付け懲戒解雇が成立したということはできない。

また、原告が、被告に対し、同年八月二七日、右職務命令に対して、「職務上必要なので、経理書類を全部引渡すことはできない」旨回答し、被告の了解を得たこと、その後、被告側から申し入れを受けた書類については引渡しに応じていることは、前記一7のとおりであるから、原告が右職務命令に違反したものということもできない。なお、被告は、原告が経理書類を隠匿した旨主張し、これに沿う証拠(被告代表者)が存するが、仮に何者かが経理書類を隠匿したとしても、原告が右隠匿に関与したことを認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は採用することができない。

さらに、就業規則三七条は、懲戒解雇をするに当たり組合との協議を要する旨定めているが、被告は、原告に対する懲戒解雇につき労働組合との協議を経ていない(被告代表者)。

したがって、平成一一年一〇月二五日付けの懲戒解雇は、合理的な理由がないうえ、就業規則所定の解雇協議条項に違反しており、無効なものというべきである。

以上によれば、懲戒解雇に関する被告の主張は採用することができない。

五  権利濫用の有無(争点4)

被告は、原告の退職金請求が、古屋らによる退職金の資金確保及び経営陣の辞職を目的とした行動の一環としてされたものであること、原告が前記職務命令に違反したことを理由として、原告の退職金請求が権利濫用に当たるものである旨主張する。

しかしながら、原告が、経理担当職員として古屋と一緒に勤務してきたことは前記一1のとおりであり、平成一〇年八月当時、金融機関から資金の融資を受けるための資料を作成していたことは、前記一7のとおりであるが、経理担当職員が会社再建案の策定に直接関与する立場になかったこと(原告本人)を併せ考えると、仮に古屋らが当時被告主張のような目的に基づく行動をしていたとしても、前記の事実をもって、直ちに原告が古屋らの右行動に関与していたことを認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

また、原告が、被告の右職務命令に違反したとか、被告の経理書類を隠匿したとかいうことができないことは、前記四のとおりである。

したがって、権利濫用に関する被告の主張は理由がない。

六  小括

被告の退職金規定が、退職金支給の要件として、「組合および会社の承認を得て退職する時」と定めていること(二条一項)は、前記前提事実4のとおりであるところ、原告が平成一〇年八月末日付けで退職したことは、前記二のとおりであり、労働組合が同月二六日、被告が同月二八日、それぞれ原告の退職を承認したことは、前記三のとおりである。

そして、右退職金規定が、退職金の支払時期について、退職後二週間以内に一括支給するが、但し、やむを得ない場合に限り、労使協議の上分割支給することがある旨定めていること(七条)は、前記前提事実4のとおりであるところ、被告が、原告に対し、同年九月、退職金について、同年一〇月に一五〇万円、同年一一月及び一二月に各二〇〇万円を支払う旨約したことは、前記一10のとおりである。

さらに、被告主張の懲戒解雇が不成立又は無効なものであることは、前記四のとおりであり、原告の退職金請求が権利濫用に当たらないものであることは、前記五のとおりである。

以上によれば、被告は、原告に対し、遅くとも退職金の分割支給に関する労使協議がされていない平成一一年一月一日以降、退職金全額の支払債務を負っており、かつ、右債務は履行遅滞になっているというべきである。

そして、右退職金規定によれば、原告の退職金の額が二九〇一万五七三四円であることは、前記前提事実5のとおりであり、平成一〇年九月一六日に退職金の内三〇〇万円が支払われたことは、前記一10のとおりであるから、退職金残額は二六〇一万五七三四円となる。

また、商人が労働者と締結する労働契約は、その営業のためにするものと推定されるから、労働契約に基づく退職金債務の遅延損害金の利率は、商行為によって生じた債務に関するものとして、商事法定利率である年六分によるのが相当である。

七  結論

よって、原告の請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 細川二朗)

別紙(略)

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